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いらないものを つかってくれる ありがたさ              [箱根アフロディーテ]


 発展途上の、経済が貧しい国への子供ぐつのリサイクルが行われていると聞いた。 素晴らしいと思う。 小売が下取りという形でこういった事に関わるのは、理にかなっている。 我々は売らんかなの小売のおかげで、こんなにゴミが増えている。 
 
 下取りに出す人は、まだ使えるものを捨てる後ろめたさを解消してくれるのだから、有難さを感じるべきで、出すスーツをクリーニングしろとは言わないが、くつなどは洗って出すのが当然という事になればいいと思う。

 ものをあげるのではなく、使ってもらうという気持ちになるべきだ。



平和の銃              [箱根アフロディーテ]


 ミャンマーの取材中に亡くなった、日本人のフリー記者がいた。 銃を持って反政府デモを鎮圧する政府軍兵士と、カメラを持ったこの長井健司という記者があいまみえた。 カメラは平和の銃だと思った。

 兵士は超強力なカメラという銃を向けられた、だから先に撃ち殺したのだ。 メディアというものが健全に、かつ積極的に支えれば、カメラという平和の銃は、G2あたりが叫び続ける脅威つまり武力を、無力に出来るのではないかと思う。

 他国からの武力行為は、徹底的に生で報道できる態勢を整えたらいかがだろうか。 冗談でなくそう思う。 日本の領土のどこでどの国が、なにをしてどのようになっているか。 有事の際には、世界に向けて正確に時をおかず配信されるように。 その態勢が整っている事を、現在の軍事演習のようにこれまた配信すればいいと思う。



軽井沢で自転車に乗っていた John Lennon         [箱根アフロディーテ]


 アポロが月に行き、The Beatles がアップルの屋上でライブをやり、Brian Jones の追悼ハイドパークコンサートでは The Rolling Stones の前座で King Crimson がお披露目デビューし、Led Zeppelin が、Elton John が、、テクノロジーと人類の蜜月期。 
 1969年というのは 人類史的に見ても、 とても大きな年だった。 この時代を多感な時期ですごした人たちを先頭に、くさびのように世界に広がった共通の感覚は、日本で言えば無党派層というものに代表される感覚に近いと思う。 

 《 国同士が武力で物事を解決して、一般市民が巻き込まれたり使われたりするのは、もう金輪際ごめんだ。 税は社会の浄財なんだから、防衛を含めて税金の使われ方にこだわるのは、民主主義の主として当然だ。 おごった人類文明がひずみを起こしてるのに、どうしてこんなに動きがにぶいんだろう。 幸せって何なんだ、こんな安上がりでいいのかっていう幸せもあるんだ。》

 こんな感覚に、日本のそれこそ縄文の時代から続く 自然を敬う感覚が混ざり合って、日本の無党派層というのはなかなか面白い成熟の仕方をしているのではないかと感じている。 そしていまあの中国でも、若年層ではそんな感覚を共有できうる人たちが形成されつつあるようだ。 欧米にもアジア・アフリカにも当然いるから、国を超えて感覚を共有する人は、ますます増えて不思議がない。



 餌やり              [箱根アフロディーテ]


 猫への餌やりが問題になっているらしい。 ちょっとした空き地に、キャットフード受けとみられるプラトレイをよく見かける。 猫はかわいい。 本当に美しくかわいい動物だと思う。 しかしこの問題は、すこし別だ。

 野良がひもじい思いをしないように、ちょっとした出費で助けてあげられる。 なら自分で飼えばいい。 自分の軒下でも寝る場所を与え、そこで飼えばいい。 些細な出費とあげに行く手間だけで、猫が待ち構えて寄ってくるかわいさをお手軽にも味わおうというのは、いやしい考えではないか。 責任を持って飼えば手間も出費もかかる。 それが出来ないのであれば、しかるべき距離を保つべきだ。 集合住宅で不可能ならば、きっぱりあきらめるべきだ。

 ふと人に物をやりたがる人間の事を思い出した。 自分にとってはとるに足らないものを もらって嬉しがるのを見るのは、太閤秀吉の気分なんだろう。 ああやって自分が飼っていない猫に餌やりをしている人は、本当に猫が好きなのか?と思ってしまう。



原子力の専門家              [箱根アフロディーテ]


 昨日になって、原子力専門家の、自然に対する自分らのおごりがあったという趣旨の発言を、初めて聞いた。 航空機事故があれば航空機の専門家、鉄道事故があれば鉄道の専門家。 今回は、原子力の専門家だ。 こんにち社会の基礎をなす電力の、その大きな部分を担う。 そんな役割が彼らに与えられて良かったのか、と思う。 

 原発事故の三原則は、「止める」 「冷やす」 「閉じ込める」 だそうだ。 しかし、原子力とはその燃料が使い物になったとたんに、その後 永久とも思われる長い時間に渡って 「閉じ込め」 続けなければならないものではないか。 なにも事故の際、有事の際に限った話では無い。 燃料廃棄物の処理を先送りにしたまま行われている現在の原子力発電は、言わば ローンで現在の生活をむさぼる、忌むべき人間のありようそのものだ。 キューリー婦人の原点に戻り、画像診断はじめとするツールとして、分をわきまえて活動されるべきではないだろうか。 社会のそんな基礎的な部分を、大きく任せるべきではない。

 当然、我々のむさぼる生活のありようが、問われることになる。



 鉄腕アトムとウランちゃん              [箱根アフロディーテ]


 戦後の高度成長期に登場し、子供たちに圧倒的な人気をはくしていた 「鉄腕アトム」。 アトムの名前の由来は、彼が原子力をそのエネルギー源としていたからだ。 そして妹は、「ウランちゃん」。 このネーミングひとつを見ても、原子力が当時どれだけ肯定的なイメージでとらえられていたか分かる。 未来、科学という言葉に、みな酔っていた。

 鉄腕アトムの時代は、そのまま日本の原子力開発の時代とダブる。 いまの環境問題のはしりである公害がちらほら問題になっていたものの、みな 科学 技術 工業 の発展が、人間の未来を明るく照らすと信じて疑っていなかった。 夢の超特急・新幹線が開通し、東京オリンピックが開催され、1969年に向かって人類と科学テクノロジーの蜜月期、まっ盛りだ。 


 
注釈: 手塚治虫 について
 手塚治虫が素晴らしい漫画家であることは、誰もが知っている。 少年期にアトムを見て、原子力ではなくロボット研究に進んだ者も多いと聞く。 その他の作品にも彼の思想性、哲学が感じられ、日本漫画の偉大な第一人者という評価はいささかも変わらない。 
 個人的には、彼の創り出した 「ヒョウタンツギ」 というキャラクターが大好きだ。 よく授業のノートいっぱいに、増殖し続けるヒョウタンツギを落書きした。 これはいま、我々のかけがえのない血税が流れる太い血管にヒルのように吸い付いて増殖し続け、ぶどうの房のようになった無駄な税金と仕事の流れのイメージにもなっている。 




御前崎に縁のある研究者              [箱根アフロディーテ]


 研究者である友人と会った。 興味深く我が意を強くする話に感謝する。 御前崎では、原発以降。 大きなビジネスはやってくれるなという圧力があったらしい。 いざという時の、保障を考えてのことのようだ。 一方、原発の関係に仕事を持つ人間は重く扱われ、よい嫁入り先だったりするという。 地域における、仕事の独占と聞こえた。 

 福島は放射能が飛び交って、着の身着のままで出て行かざるをえなかったのだから、たとえ親族が原発に勤めていてももうかんべんという気持ちが強いだろうが。 御前崎の浜岡は、平時に止められるのだから、その雇用の問題が前に出てくる。 県より下の、市長は渋い顔だ。 自治体には原発の見返りの金が落ちていたようだから、なお更だろう。 

 彼は研究者として、御用学者を批判していた。 現在は、科学の発展段階として基礎よりは応用の段階であること。 それは、経済産業により近く。 札束を目の前にする機会が多くなっている事を指摘すると、大きくうなずいていた。 熊取六人衆の話をした。 




エネルギーに、いやしい              [箱根アフロディーテ]


 鉄腕アトムやウランちゃんを隊員とするサンダーバードがいたら、福島に真っ先に駆けつけてなんとかするだろう。 前述の通り、鉄腕アトムは原子力をエネルギーとするロボットだ。 原子力と人工頭脳による、人のようなロボット。 この夢のような未来は、原子力だけがいびつな形で突出した現実となってもたらされた。 エネルギーを貪る、あくなき欲求に慄然とさせられる。 人間は、いやしくないか。 


参照:
《 鉄腕アトムとウランちゃん 》
http://okashina-teiougaku.blog.so-net.ne.jp/2011-04-13
《 サンダーバード構想 》
http://okashina-teiougaku.blog.so-net.ne.jp/2010-10-14



石原都知事お膝元、UHF番組にて              [箱根アフロディーテ]


 ドイツの脱原発などが、琴線に触れるような感じで気に入らない。そんな知識人の、座談会のような番組を見た。 こぞりて東電バッシングのおかしさを、繰り返し語る。 みなさん知らないだろうが、ドイツは偉そうなこと言ってその実、フランスから電力を買っている、と得意げに言う。 パチンコ屋と、家に居ればテレビのバラエティーばかり見て、若手芸人には異常に詳しい。 そんなごく一部の日本人以外はたいてい、最近 国民投票で脱原発を決めたイタリアもフランスから電力を買っている事も合わせ、知っている。 あまり日本の市井の民を、馬鹿にしてもらっては困る。

 まだヨーロッパ、白人の社会に学び。 その後について行けというのか? ドイツも及びつかない、世界最先端の日本社会を作り上げればいいだけの話ではないのか。 村上春樹は、現実と言う名の「便宜」、と語っていたように思う。 もし便宜のためになる現実を語っているのだという意識も無いままに、あのように延々 語るのなら。 とんだ ピエロ だと思う。


  

石原都知事お膝元、UHF番組にて #2            [箱根アフロディーテ]


 先に述べた土曜の午前に放送される東京ローカル局の座談番組で、また原発についてやっていた。 識者が 「村上春樹やらあそこらへんの団塊の世代は、一番原発の恩恵を受けてきたのに。」 として、なのに反原発とは、間抜けだし おかしい 、と言う。 

 また、これまでさんざん恩恵を受けてきて、事故が起きても危険からは遠い 都会 の人間が脱原発を言うのも、理解に苦しむと言う。 3.11 以降の変化をお分かりでないという事か。 

 自分の育ちの一部のような事でも、おかしいものはおかしいと、大人になったら言える日本人でありたい。 損得に関係なく、正すべき事には声を上げていく日本人でありたい。 これが我々を襲った、気持ちの変化だ。 


参照:
《 石原都知事お膝元、UHF番組にて  》
http://okashina-teiougaku.blog.so-net.ne.jp/2011-06-18



落ち葉は ゴミなのか          [箱根アフロディーテ]


 イカ 汁のついたスーパーのラップと、木々の落とした落ち葉を同じものと感じる感性は、信じられない。 一緒にして燃やしている。 利用の方法は無いのか? 真剣に考えてみたか?  
 こやし、糞尿しかり。 きっと、生ゴミしかり。 人類何千年と蓄えたものを、外方向性知的好奇心のおもむくままに手に入れたマスの欲望で、ただただ汚いものとして力技で自然に帰す。 

 肥やしまで、工場 factory でつくられた資本主義経済が差し出すものに依存しきっている。 落ち葉、生ゴミ、糞尿。 これらを、かつてやっていたように徹底的に利用できないだろうか。 



 家事と近代              [箱根アフロディーテ]


 家事、これは えらいこと である。 いい歳をして一人暮らしをしてみれば、三日を経ずして思い知るだろう。 炊事、洗濯、洗い物、掃除に風呂。 買い物に支払い、と来る。 世帯を運営するということは、社会的に認められる以上に、たいへんな事だ。 主婦というのは、仕事に換算すれば十万や二十万。 貰って当然な仕事なのだと思う。 

 これに子がいれば、子育ても加わる。 社会の重要な部分も担っている。 女性がここに閉じ込められ理不尽を味わってきたのは、女性の性を社会、民族がどう御するか。 誤解をおそれずに言えば、どう封じ込めるかに民族、つまりは文化がいかに心血を注いだかにも通じるのではないかと思う。

 近代科学テクノロジーは家庭に電化製品をもたらした。 冷蔵庫、洗濯機、掃除機。。。 すでに世帯として、十人や二十人の女中や召使を持っているような我々先進国。 " Occupy Wall Street " で言うところの 1% は、家事負担の軽減をおり込んで女性の社会進出を求めた。 働きたい女性のために門戸を開放、というのは詭弁に思える。 

 科学もテクノロジーも外れて、「 近代 」 という美しくも恐ろしい意志を感じる。 この時代は結局のところ 99% の人々を牧場の牛か馬のように扱い、ごくほんの僅かの人々が神のように振る舞いむさぼり尽くすのを求めたものであったのか? 近代とは 1969年 以降の人類社会をもたらす、セルモーターのようなものではないのか。 



高齢者におせっかい              [箱根アフロディーテ]


 今ある資産を全て売り払い、近所に家を建ててもらう。 マンションも用意する。 その中心に、介護 医療の拠点を設ける。 その運営に、少々の負担をしていただく。 人生の最後期を向かえた方々の話をしている。

 エレベーター無しの四階住まいに耐える高齢者を目指し、そこでは老人を鍛える。 出来る事は自分でマネージメントし、足りないところを我々が提供する。 おせっかい ( Meddle ) な世界だ。 Pink Floyd を思い出す。 

 どうしても何も出来なくなった時、介護 医療の拠点に住んでもらう。 いまのホスピスのようなものかと思う。 そこにはおかしな延命治療などは無い。 哲学としての仏教やキリスト教、宗教を伝えるところにもなればいいかと思う。 

 そこに至る 老い の間は、とにかくおせっかいなわけだ。 人を年寄り扱いしやがってと、当の本人が思うくらい。 日本的心配りの中で、それがあればいいと思う。 

 どうだろう、こんな老人施設に誰かのって来ないか。  もともとはすでに江戸時代に在ったものに程近いが、近代科学テクノロジーの爛熟期をむかえて、あえてこんなことを言っている。 



 ほんとうの 子供の日              [箱根アフロディーテ]


 昨日の午後夕方近く、虹を見た。 続いた雨が上がり、そして今日は五月晴れ。 宵には、まん丸のお月様と幸運の黒猫。 みな、四十二年ぶりの原発停止を祝福しているようだ。 

 将来世代にツケを残さない、消費増税でよく聞く言葉だが。 廃棄物処理を次世代につけ回す 原子力 にこそ、この言葉が言われるべきだ。 いい、子供の日になった。

 日本の原発は、現在 一基も稼動していない。



Living   暮らし              [箱根アフロディーテ]


 
 「 暮らしの手帖 」 なんていう雑誌を出そうとした場合の、暮らし。 人がその住まいに居る、人生の時の総算が 暮らし なのだと思う。 ここを石油に電気、エネルギーをふんだんに使って利便を追い求める 近代 というものが。 覇権を握って、離さない。 暮らしが、世界均一になってよいのか。 

 死の対になるような、Live という言葉を 暮らす とする。 我々はこの潔さを、あっぱれと感じる。 住まい、つまり世帯を運営するという事は。 生きる基本なのであり、世帯は個人の次にある根源的な Organization 格 だ。 世帯の運営は、現業そのもので。 現場そのものである。    



猫  Vol.1               [箱根アフロディーテ]


 猫とは何と美しい動物だろう。 家の中で人間に見せる姿は、また感動的だ。 触られるのが嫌いでなく、甘えん坊。 言葉によらない、やりとりがある。 せいぜい音語と呼ばれる程のものによるコミュニケーション、これが醍醐味だ。 

 排泄は外の自然で出来て、夜は大好きな飼い主のもとで眠る。 これが彼ら猫の幸せな姿ではないか。 外と内を我々との関わりにおいては明確に区別する猫を見て、内ばかりの生活を送ることが不自然に思える。 マンション猫。

 外を歩いていて猫を見掛けると、なんだか得をしたような気持になる。


「紫電改のタカ」              [箱根アフロディーテ]


 先日、読売新聞を精読する機会があった。ご多分に漏れず、この頃めっきり紙の新聞に接していない。「詳しくは読売新聞を読むように」と総理が国会で言うくらいだから、どんな政権寄りの論調であふれているかと思ったが、意外な記事に出くわした。

 漫画家ちばてつやさんの話である。満州からの引揚者である氏は、自身の体験を通して戦争の愚かしさを語り。しかし、またそんな渦の周りを流され始めているように感じると、暗に現政権による安保法案採決や憲法改正の動きを批判していた。産経ほどえげつない安倍礼賛をしないまでも、官報などとも言われている読売がこれだから、新聞と言うメディア自体が政権にとっていかに都合が悪いか分かる。

 ちばさんとの出会いは、少年マガジンの「紫電改のタカ」だった。十円玉四つを握りしめ、毎週楽しみで仕方がなかった。氏は、当時戦争賛美の漫画があふれてきて危機感を持ちこれを描いたとおっしゃっていた。多感な少学生時代にこの名作に触れることができ、感謝している。続いての「ハリスの旋風」と合わせ、思春期前に大いに影響を受けた。「あしたのジョー」ばかりで語られることが多いちばさんだが、その前のこの二作を忘れてほしくない。


追記:
全く蛇足ながら、小学校の終わる頃、友達とちばさんの家を訪ねた。もうどっかに行ってしまったが、サインをもらった。ひどく忙しい時代だったろうに玄関先まで出てきて応対してくれたちばさん、ありがとうございます。


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