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ならば、憲法の解釈を変えればいい。              [おかしな帝王学]


 「日本人が乗っているこの米国の船を、日本の自衛隊は守ることが出来ない。 これが憲法の現在の解釈です。」  安倍総理が、赤ちゃんを抱く母親のイラストを背に酔ったように語る。 この、醜さ。  では、その解釈を変えればいいではないか。 「集団的」 だの 「個別的」 だのではなく、 自衛隊を認めたように。  したたかに。  

 赤ちゃんを抱いた母を救うような憲法解釈は出来ず、その子が育った時に戦場に行かなければならなくなるような憲法の新解釈を、何にもまして最優先で決めようという現安倍政権。 あなたたちは本当に、日本の子供とその母の事を真剣に考えているのか。


特定秘密保護法案と、ワールドカップで解釈改憲          [天成人後]


 頼んでもいないし、そもそも、政権を取った暁にはこれほどまでに他をおいてもするような事と聞いた覚えがない。 安倍内閣の、憲法の解釈変更というやつ。 政権奪取と早々に「憲法改正」とノックをし、それが芳しくないとなると 九十六条、 憲法改正の手続きの改定をもくろむ。 それも上手く行かないのならと、憲法はそのままに、解釈の変更で行こうという。 

 なんの事はない、「九条」ではないか。 矢継ぎ早に、あらゆる手で 「集団的自衛権」 とやらを行使したいという。  正面玄関から憲法を改正ではなく、勝手口でもなんでも入ってしまえば何とかするという。  ずいぶん男っぷりには、自信があるらしい。 

 集団的自衛権というやつはなかなか分かりにくくて、説明を二度聞けば。 権利 ではなく、集団的参戦の 義務 としか感じられなくなってくる。 その集団の強いものに、どうして逆らう。 いざ事が起これば、前世紀、二十世紀の覇者に、また同じ理屈でまだ膝まづくのか。

 サッカーワールドカップは、彼らにとって好機かもしれない。 日本の二戦目あたりにぶつけてくるのは、三国志か何かから学んだのだろうか。  甘利大臣が、原発再稼働の反対に対して「情緒論」と揶揄した。 安倍総理は自らの指示で大きく描きかえさせたという、子を抱く母のイラストの前で。 情緒にうったえる。  安倍内閣の、情緒、とは何か。 かなり都合のいいものに思えてならない。

 ワールドカップ開幕になっても反対を訴える、ブラジルの人たちを見て。 お上のやることには、決まったことならもう逆らえないとききわけのいい日本人との違いを思う。 去年暮れの特定秘密保護法案、国民がざわめき始めたころ、一挙にたたみかけて採決した。 はや、しょうがない事だ。 はやしょうがない事と集団的自衛権もすべく、またもや安倍内閣は異常な熱心さで進んでいる。 


参照:
≪ 甘利大臣の情緒論 ≫
http://okashina-teiougaku.blog.so-net.ne.jp/2013-09-04


創価学会と公明党 – 平和と現生利益          [おかしな帝王学]


 民主主義の原理運動は、組織票を認めない。 だから、以下に述べる事は単なる皮肉である。

 公明党の支持母体である、というよりはその政治部が公明党であると目される 創価学会が。 異例にも今回の集団的自衛権の論議について 「憲法改正の手続きを経るのが望ましい」 と声明を発表した。 ぬか、少し見直したものだったが。 やはりというべきか、公明党は憲法解釈による集団的自衛権行使の閣議決定に賛成する意向を固めたという。

 末端の信者は善良な市民であると考えるが、創価学会は仏教教義の中の 方便 を、余りにも強調し過ぎるように感じる。 そしてたどり着く先は、現生利益(げんせいりやく)だ。 誰しも 現生利益 にはめっぽう弱く、そこをつつかれればまず大抵の者が首を縦に振る。 

 現生利益の最たるものは、政権与党に居ると言う事ではないだろうか。 その政治部の 公明党 は、平和という絶対の命題を、現生利益でないがしろにしかねない決定を下そうとしている。 創価学会は今後、平和という言葉を下ろし、現生利益というテーマ 一本で活動を行ったらいかがだろうか。


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