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社会保障費マネジメントとしての、国民健康保険料          [天成人後]


 国民健康保険料の徴収がうまくいってないと聞く。 ある意味、当然ではないかと思う。 所得減税と相殺して住民税増税が行われたころから顕著になったが。 国民健康保険料は高過ぎる。 またとりわけ単身者、低額所得者に対して、高過ぎると聞く。 その通りではないのかと思う。 

 大きなくくりでの社会保障費になると思うが、薬の問題から始めて。 経済の側面から見て、現在の医療は問題だらけのように思う。 投下したものが最大限、人ひとりひとりの利便として用いられるよう。 常にそこを目指すべきだ。 みなさん大好きなマネジメント、経営。 その点から、国を考えればいい。

 はっきりしている事は、税なり国民健康保険料などの公金の流れを仕切っているのはすべて霞が関 官僚機構であり、これを統御すべきとして国会議員が我々の手によって選ばれ、その国会によって内閣がつくられ、国の経営、マネジメントを任されていると言う事だ。 


参照:
≪ 製薬会社 ≫
http://okashina-teiougaku.blog.so-net.ne.jp/2012-05-19


いいにおい             [近藤 武]


 浅草から上野にかけて歩いている時に、えも言われぬ よいにおい に心を動かされた。 近くに行ってみれば、それは昆布問屋の大量に置かれている昆布の山だった。 それから、わかめちゃん の袋をまるでシンナー遊びのようにふくらましては吸った。 心の芯に沁みるような、いいにおいなのだ。

 古典的には シャネルの五番。 バブルを経験した者なら、カルバンクラインのワンなどを思うだろうか。 いにおい とは、これまた非常に個人マターなのだと思う。 しかし、昆布 わかめの、あの芳香。 旬のピーマンを切った時の匂い。 冷やしたトマトを等分する時の、匂い。 ベイリーブスやバジル、胡椒の匂い。 しんとした森の匂い、朝の高原の匂い。 昭和三十年代の農家の土間に入った途端に襲ってきた、わらベースのえも言われぬよい匂い。 木材を切り刻む製材所の匂い、精米所の匂い。 これこそが、いい匂いなのではないのか。



追記:
八十年代の輸入盤レコードを開けた時の匂い、七十年代 スッコチのオープンリールテープを開けた時の匂い。 


 いちご白書              [近藤 武]


 平成二十四年(2012 年) 八月十日、夏の盛りの金曜日。 渋谷で所用を済ませると、時刻はすでに六時を回っていた。 銀座線の改札に向かうと、いつにない人混みでごった返している。 若い浴衣の女性が多い。 すぐに、花火大会だろうと思った。 電車に乗ると混雑はそれ程でもなく、座ることができた。 正面には、浴衣姿のかわいらしい娘さんと大学生くらいのカップル。 「みんな花火大会に行くのかな?」 と話していたその娘たちは、外苑前で降りた。

 その日は、ついに消費増税法案が参院を通過した日で、国会方面に向かいながら国税庁を含む財務省の建物を、ずっとにらみつけてしまった。 昼には、韓国大統領の竹島上陸パフォーマンスがあり、夜中にはオリンピックのサッカー三位決定戦が日韓で行われた日だ。

 まるで花火大会と週刊誌で揶揄された原発再稼働反対デモだが、大いに結構。 世の中を変える何かを、女性たちは持っている。


参照:
≪ 世の中を動かす、美意識 ≫
http://okashina-teiougaku.blog.so-net.ne.jp/2010-12-07


通天閣              [近藤 武]


 かつて、仕事で頻繁に訪れていた大阪。 八十年代だったか、時間が出来たので、大阪の JR 環状線 に乗った。 いつものキタとミナミ、梅田や心斎橋でない大阪を観たかった。 山手線に、小ぶりながらも匹敵する円の下に 天王寺駅がある。  ここで、なんとなく降りた。 通天閣を目指すと、動物園があった。 カルチャーショックにアドレナリンを高くし、 殺伐、荒涼 といった言葉が浮かんだ。 

 L.A. や ニューヨーク 以上のものを感じながら、通天閣のたもとに着いた。 スーパーの二階にある衣料品売り場と、地下の食いもの屋を。 えらく下世話にしたような、商店街が続いていた。 足立ナンバーのエリアに行った時のインパクトを、思い出す。 

 新幹線を降りればホームや改札口に待ち受けるスタッフが、タクシーまで荷物を運びましょうと手を伸ばしてくる仕事で行っていたので。 いま行けば、また違った印象を持つかもしれない。 最もディープな、大阪体験だった。 


体 が 楽              [才蔵]


文化の日 2012.2.22
http://bunkanohi.blog.so-net.ne.jp/  より

 体が楽になる、という事に。 あまりにこだわり過ぎている。 この現実界は、物質界であり。 重いものを持ったり、それを運んだり。 そんな 労役に満ちている。 
 これが、近代科学テクノロジーの革命。 産業革命によって、機械に置き換わる。  それでもさらに Organization 格、組織は繁栄だけを追い求め。 今日がある。 

 それにもろ手をあげて賛成し、高級ジムで汗をかいている人々に申し上げる。 

 いっさいの労役に関わらない 王侯貴族 をどれだけ作るかが近代であるならば、そんな近代は終わりにした方が いいだろう。



参照:
≪ 大なり小なり、 貴族 。 ≫
http://okashina-teiougaku.blog.so-net.ne.jp/2010-07-30


物欲と断捨離              [文化の日]


 断捨離とは、断、捨、離。 それぞれの人の物に対する心の在り方を表している。 捨も離もいいが、必要の無いものをこの世の自らの物質的ブラックボックスに入れない、断 に尽きるのではないか。 

 断に対して、経済が挑んでいるのが現代というものだ。 ここで負けていては、捨も離も経済の思うつぼだ。 物欲は経済の思うままとなり、俗性は仏性を常に凌駕する。 

from Wikipedia
 断: 入ってくる要らない物を断つ
 捨: 家にずっとある要らない物を捨てる 
 離: 物への執着から離れる





 飛行              [文化の日]


 移動手段としての飛行を考えるなら、気球(飛行船)は除いていいのではないかと思う。 プロペラ飛行機からの話だ。 F-1 は、ウイングで抑えないと飛んでしまうというから。 時速でいえば 300 キロメートル毎時 前後が得られれば、車ほどの重さのものでも飛ぶと言う事のようで。 産業革命後のピストン運動を回転にして利用する内燃機関によるプロペラ、レシプロの時代、飛行機の時代がこのあたりの速度を出して飛び始めた。 二十世紀初頭のことだ。 

 ジェットとロケットの違いは空気の無い真空で飛べるかどうかのようで、これにタービンが加わって今のジェットエンジンというものがある。 これらが開発されたのが、≪ 核 との因縁 ≫ http://okashina-teiougaku.blog.so-net.ne.jp/2011-04-08-1 で述べた 1930 年代だったと言う事に感慨を持つ。 ジェットは地球上での移動を、宇宙ではロケットという時代に入る。 

 ジェットは地上十㎞ほど、ロケットによって到達している高さは東京・大阪間を立てにした距離に満たない。 地球儀で見れば、地球の周りを皮一枚といった感を持つ。 あの、アポロを除いては。 

     1969 年 ジャンボジェット、コンコルドが初飛行し、アポロは月に行った。



参照:
≪ アポロ計画というモニュメント ≫
http://okashina-teiougaku.blog.so-net.ne.jp/2010-04-07



甘エビと気候変動          [天成人後]


 甘エビが獲れなくなると、ニュースになる。 高くなれば食べなければいい。 うなぎ しかり。 誰もが いつでも どこでも、好きに食べられる必要が どこにあるのだろう。 小学校で 食育 の時間をもうけ、回転であろうとも寿司屋でウニやイクラ、トロ、甘エビなど。 盆と正月を除いて、そうそう欲しがるものではないと教えるべきだ。 我慢を教えなければ、人のしつけ、教育はない。 

 一方 甘エビの獲れなくなっている原因は、極地の温暖化だという。 温帯が亜熱帯のようになっているのだから、当然だろう。 これこそが、大問題だ。 人工衛星は、何の為に飛んでいる。 数々の周波数の電磁波をつかって、常に徹底的に観察すべきではないか。 特に調べていないのか、知ってて大衆に知らせないのか。 

 温暖化と騒がれていたが、これを気候変動としてあのアメリカが認めたのは、そう古い事ではない。 経済力で見て有力な国では、中国の様な途上国は除いて、一番後からしぶしぶ認めたという印象を持つ。 京都議定書には、現にこの二国が批准していない。 世界で一番と二番の経済大国が、である。 犯人を CO2 に絞っては、経済に案配が悪いと言う事のようだ。  しかし気候変動というのがまぎれもなく現にあるのだから、そこにこれ以上後手を踏まないために、先進国は出来る限りの事をする必要があるのではないか。 みなさんの気にしてやまない 経済 と、密接に関わる話でもある。 

 中国はお話にならないが、アメリカとは話が出来ると信じている。 その原因がもし CO2 でないと言うなら、その仮説にも一目置こう。 宇宙技術をはじめとする最先端の科学テクノロジーを総動員して、真相を知ろうと動いていただけないか。 我が日本はいくらでも協力するし、なんならば イニシアチブを執る用意もある。 



森口 iPS 騒動と、読売新聞          [懲戒免職]


 失敗をあげつらって責めるのは本意ではないが、森口という人物による iPS 治療をスクープした読売新聞は、その信憑性が疑われる事態になって お詫びと訂正を紙面に載せたものの、どうやら いまだ 総括 が無い。 この 読売新聞 というメディアに、みなさんはどのような感想をお持ちだろうか。 日本で一番読まれている、世界的にもダントツに最多の読者を持つ新聞だ。 

 渡辺恒雄氏というドンが君臨し、少なくとも読売の社説に関してはこの方の眼鏡にかなわぬものは掲載されぬと、ご本人が公言してはばからない。 では、科学技術分野に関しては、たとえ一面トップの単独スクープでも氏は我関せずとおっしゃるのか? 

 茶番劇のような会見での、森口氏と記者のやり取りばかりが電波を牛耳り、こちらは辟易している。 当の読売系を含め、メディアはこれで視聴率や部数を稼げて、読売新聞 様様 なのか。 日本のメディアはどうなっている? 延々トップでこの話題を取り上げるメディア各位が、「みなさんが欲しがるものをこちらは提供しているだけだ」 とおっしゃるなら、 これこそが 悪しきポピュリズム ではないのか。



FEN から流れる、変な日本語。              [懲戒免職]


 かつては FEN (Far East Network)、 いまは AFN と呼ばれる米軍放送がある。 首都圏においては、AM 周波数帯の 810 kHz 。 変なFM 放送などよりは余程良く、仕事で車に乗る時などは重宝させてもらっている。 がしかし、数年前であったか。 耳を疑うような放送を聴いて、あやうく信号無視をしそうになった。

 この頃は聴かないが、何年か前 「ワンフレーズ日本語レッスン」 のようなものが放送されていた。 非番の日に基地の外に出かけて、日本人と軽くコミュニケーションをとるためのワンフレーズを放送で教えていたが。 その日のフレーズはなんと、「 いま暇? どこか行かない? 」 というものだった。 (録音をしていたわけではないので、一語一句正確とは言い切れないが。 間違いなく、この内容が放送されていた。) 日本人、特に日本人男性が聴いているはずはないと、たかをくくってのものか。 肉食系は、そんな事お構いなしか。 伝統的なナンパ文句を、堂々昼日中に聴いて、あっけにとられた。 これはしばらく放送されていた。

 今回、(2012年10月)明らかになった沖縄での米兵による日本人女性暴行事件の犯人が。 これを聴いていたかどうか、このフレーズ通りに声を掛けたのか知らないが。 軍当局として、もともとこのような振る舞いを黙認していると思われてならない。 今回の誤算は、泣き寝入りしなかったと言う事ではないのか。



追記: ネトウヨ、保守、右翼
何かといえば 在日、在日と狂ったように騒ぎまくった ネトウヨ諸氏は、数ある在日の中でも最強、最大。 我が物顔の 在日米軍 に、何も意見するところはないのか? そして彼らを躍らせる日本の 保守 と呼ばれる連中は、なぜアメリカに対してだけは口をつぐむ。 右翼にいたっては、素人目に ヤクザと区別がつかない。


気分の良さと、幸せ。 うつ病。          [才蔵]


 日本で年間三万人いるという自殺の無視できない原因が、うつ病であるという。 最近、日本人の平均寿命が僅かに下がり。 そこには、年齢と性別で見た場合。 二十代の女性の自殺率が上がった事が大きい、とも聞く。 あなたたちはこの日本を、その美意識で変えていく旗頭である。 

 うつ病は 心の風邪 とも言われ、精神疾患では最も多くの患者を抱える。 なまけ病 などと言われていた時代と比べ、いい時代になったものだとも思う。 症状が社会的に無視できなくなって病名が付き、良くなった時代がその診断範囲を広げる。 太平洋戦争当時、日本にうつ病患者がどれだけいたか知りたいものだ。 

 1980 年前後に、深い話の出来る友人がいた。 彼に 「 幸せ が増えないのなら、 不幸せ を存分にこうむるしかないのではないか。 」 と問うた。 アイスクリームを食べた後にコーラを飲めば、ぬるく感じ 甘さをあまり感じない。 絶対と相対で言えば、相対的にしか物事をとらえられない人の感覚をよく理解したうえで、認めてくれた。 

 かつての自動録音調整機能のマイク内臓ラジカセでライブ演奏など録音した経験のある人なら、リミッター( limiter )の働きを覚えているだろう。 静かなイントロからドラムが入ると、瞬間 音が消える。 自動の電子回路が、あわてて入力( input )のつまみを下げたのだ。 これと同じ事が、人の心の中で日々これ刻々、起こっている。 

 経済が牛耳る、近代科学テクノロジーに支えられた、この現代。 「気分の良さ」 と 「幸せ」 が混同されている事に、問題があるのではないか。


子育てママのブルース              [才蔵]


 世の中は 現業 に満ちている。 重力の中で暮らし、その中で 物 によって生活しているのだから、当然 この世の中は 労役 に満ちている。 

 人類の発展は、世帯つまり家庭が分担を決めていたその父親的な部分を Organization 格 、企業体、法人にとって代わらせ。 父親は Organization 格 の奴隷となる。 

 Organization 格 は この世の存在であるために、必ず 現業 部門を持つ。 しかし近代科学テクノロジーと資本主義は、クリックひとつが現業という法人格までを不気味に作り出した。 経済活動の現業現場からどれだけ遠ざかるかが、人の出世と組織の成長の証というのは おかしい。

 人が生きていくためには世帯の運営というのが不可欠で、子育ても含め女性、母親のすべきことは現業そのものだ。 ここがあまり変わらない。 子育てママのブルースは、世の中の現場を軽んずるブルースと同根ではないか。  


国家と民主主義          [民主主義の原理運動]


 国というものにわざわざ家をつけて、こんにち我々が呼びならわす国家。 民族によって実践される文化によって国がまとまれば、幸せな事だ。 これは世帯、家庭に続く Organization 格 であり、間に会社、企業、法人といった人の集団がある。 民族の証となる文化は、やはり圧倒的に人の遺伝子の受け渡しで継承され、そこには家庭、世帯というものがある。 家庭というOrganization 格 が、国家というOrganization 格 に帰属するというのが、近代における制度だろう。 国家は最強の Organization 格 ジャンル、無差別級である。 

 人は生き物であるから、ひとつのOrganization 格 である。 もとより生物は個体おのおのブラックボックスであり、人も自然界の生命体である。 ここに平等に一つずつの投票権を与え、その投票による多数決で国家の物事を決めていこうかというのが民主主義というものだ。 ギリシャ時代の民会構成員を決めるのが、現代の民主主義で国会議員を選ぶ選挙という作業だろう。 ここに組織票という、人と国家の間にある Organization 格 が力を持つ現状は、民主主義の原理運動から言って認められない。


復興増税という ゴールドラッシュ          [お偉い人]


12/10/24(水) 午後 9:09
 復興予算の使い道を被災地に限定しない方が良いのではないか? とは、確かに言いました。  何でか?ってあなた、その一文で霞が関の各省庁が好きな事やるのが目に見えたからですよ。  で、そこをつついて攻撃する。  でも、それを採用して法案に書き込んだのは政権、民主党さんですよ。  野党の我々 自公にその責任をなすり付けるのは、おかしいでしょう。

12/10/24(水) 午後 9:23
 我々 民主党も政権を獲る前は、青臭いことを言っていました。  霞が関・官僚支配からの脱却、なんてね。。。   民主党も三代目になって、大人になりました。  霞が関の思惑を忖度して、あうんの呼吸で彼らがやりやすい法案を通す。  これが、日本の政権政党の在り方なんだと悟りました。

12/10/24(水) 午後 9:32
 先輩の自公さんから、復興予算は被災地に限定しない方が良いのではないかと言われた時。  正直、助け舟が出たようで、ほっとしました。  念願の消費増税法案を通過させた、三党合意のうるわしい精神を感じました。  そうですとも、霞が関とは何としてもうまくやって行かなければなりません。  誤算は、国民が被災地以外への復興増税の使い方に気付いてしまったこと。  この一点です。

12/10/24(水) 午後 10:00
 なぜそんなものを復興予算に計上したのかですって?  当たり前でしょう、一般会計で審議されたらこんな満額回答で通らないからですよ。  我々 霞が関官僚 は、日本の誰よりも 頭がいい。  被災地復興の為と、なけなしの金をはたいて募金する 馬 や 牛 程度の国民の動向を見ていました。  「 復興の為 」 というのは、使える! と。  我々は またたく間に、見抜いたわけですよ。

12/10/24(水) 午後 10:14
 被災地の復興に予算を充分回さなければ、まだまだ復興には予算が足りないのだと。  馬鹿な国民を黙らせて、 増税 が続けられるでしょう。  だからどんな こじつけ でも、被災地から遠く、普段なら通りにくい二流三流の予算に復興増税分を流すんですよ。  復興特別会計というおいしい 特会 が出来たんですから、我が霞が関は ゴールドラッシュ!  ざわめくな、という方が無理な相談です。


目が遠くなる              [近藤 武]


 昭和39年、1964 年 東京オリンピックを前にして当時先端技術のマイクロ印刷を使った、縦横数センチかのスポーツの豆ルール集なるものがあった。 どこで手に入れたか、それを小学三年生の少年は、貪るように読んだ。 サッカーのコートは何メートル、重量挙げの体重クラス分けはどう。 

 少年はアリの巣を見ているのが好きで、当時 舗装の代わりに土の上に敷かれていた長方形のコンクリートの端から吹き出す、今でいえば顆粒の だしの素 の様な土粒に囲まれた アリの巣 を何時間も観察していた。 1 mm の中が軽く幾つかに分けられる分解能の視覚を、持っていた。

 そしてまた。 視力の検査は 2.0 をもって限界とする。 少年はこれに不満だった。 もっと下は無いのか? 遠視気味ですね、と言われた。 これが四十代になり突如、老眼に襲われる。 

       遠くまで見えた者から、目は遠くなる。


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