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 議員定数の削減              [おかしな帝王学]


 国会議員の定数削減が言われる。 歳費の削減がどこかに飛んだ。 あやしい。 

 選挙に金が掛かると言う。 金に相関する票というものが、そもそもおかしいのだと思う。 歳費を大幅に削ってみたらどうだろう。 

 我々 国民、市民が代表を選び。 その多数決で税の使い道を決めようというのが、議院内閣制という我々の民主主義だろう。 大政党という組織が、俗世の組織票など取りまとめながら、上の方だけでパスまわしをする世の中は、ごめんだ。 
 選挙に金が掛かり、定数が減るのなら。 もっと金が掛かり、組織( Organization 格 )がやりたい放題になるのではないか心配する。

 税の使い道を決めるとは、とどのつまり 税で禄をはむもの の働き方を決める、と言う事だ。 法とその運用につきるだろう。 人事が内閣の手におさまれば、法そのものをつくる国会は公務員を統御できるはずだ。 存在価値を失いつつある既成大政党は、いずれもこれに失敗している。 こいつらが闊歩する政界は、好みでない。 

 公務員への人件費総額の削減がなされ、公務員が減り始めてからでも国会議員 定数 の削減は遅くないのではないかと思う。 その為にも、国会議員の歳費を大幅に全体として削るべきだと思う。 定数の削減ではなくて、歳費の削減なら簡単にすぐ出来るではないか。 
   


アナログとデジタル              [近藤 武]


 時計を見て、アナログとデジタルの違いを思う。 両者、相譲らず。 ゼロと1、あるかないか、Yes or No で 現実を表わそうとするデジタルは、手軽にそこそこのものを提供する。 録音の技術で言えば、あのビデオレコーダーの音声に採用されていた FM 変調によるハイファイ録音というのが、かなりのものであったような記憶もある。 もとより、昨今アナログ盤と称される LP レコードの素晴らしさを思うにつけ、デジタル万能に懐疑的だ。
 
 棒グラフの幅をどれだけ細く出来るかでいくデジタルは、あくまで現実の近似値だろう。 きれいなサイン波を カクカク した棒グラフで、そううまく錯覚させられるものか、と思いきや。 CD の技術などをみれば、あっけないほどの進歩がデジタルに勝利をもたらしている。



追記:
 アナログの音に常に求められたのは、シャリと輪郭のはっきりした低音だった。 FEN をわざと少し周波数ずらしてシャリシャリいわせて楽しんだものだ。 FM が出てきて、正直ぶっとんだ。 この方式は今も変わらないと思う。 アナログの FM 変調。 しかし、デジタルはそこに簡単に応えた。 
 


福知山線事故、無罪判決


 福島第一原発事故で、我々は東京電力。 電力会社という、まことに気味の悪い存在に気づいた。 しかし、福知山線の事故を起こした JR 西日本 も、全く同類だ。 巨大企業、お上マターを司る Organization 格 の立ち居振る舞いということで、両者に類似性を強く感じている。 

 福知山線の事故に関しては、ずいぶん前に申上げたとうり。 ATS が設置されていれば無かった事故だ。 設置するしないを決める部署の長であり、その後 JR 西 社長にのぼりつめた人物が今日、無罪判決を勝ち取ったと聞く。 

 首都圏の私鉄では東京オリンピックの後、遅くとも昭和四十年代には相次いで導入された ATS 。 速度超過や、信号無視によって脱線、転覆、衝突を未然に防ぐ切り札だ。 これがそのあと四十年も。 あの長い直線の果てに現れるかなりの急なカーブである福知山線事故現場には設置されていなかったという。 これは、なぜだろうか。

 判決では、組織の責任と個人の責任を区別していたと伝わる。 では、法の前で人格を持つ、法人格は。 いったいどのようにしてその責任をまっとうするのか。 法は、法人に甘すぎないか。 

 また、出世とは法人格とまともに相対することが出来る役職に就くということであり、個人レベルで見ておかしいことはおかしいと言える権限を有するということだと思う。 人事が人の側にあらなければならないのに、組織に好かれた人がその役職に就く。 組織は、魔物だ。   


参照:

《 企業格の矯正 》
http://okashina-teiougaku.blog.so-net.ne.jp/2010-04-26-1



 平成の鎖国              [文化の日]


 平成の開国というのなら、こう返そう。 民族の文化の多様性とは、人と自然との付き合い方の多様性に他ならないと思う。 土着のものだ。 多様性は人類という種の強さにつながるだろう。 我が物顔のグローバリズムは、あやしい。

 絆とは、帰属意識を一にするもの同士にあると思う。 その前提になるのは、同じ感じ方だろう。 これが経済の呪縛から離れた時、大きなことが起こりそうだ。 1969 年を多感な時期で過ごした世代を先頭に、くさびのように世界に広がった感覚はすでに世界を平定している。 こんなグローバリゼイションなら大歓迎だ。

 縄文の時代にも、石器の材料である黒曜石は千km単位で移動と取引されていたそうだ。 現代の黒曜石は何かを見極めて、それをどこにも届くようにする。 生鮮食料品まで貿易しようとするのは、人のおごりではないか。 

 こののち民族、文化の多様性は。 鍵になっていくような気がしている。 明治維新が開国であれば、その完遂に必要なのは鎖国のベクトルではないかと。 それが人類、世界、地球に対する帰属意識のもとで成されれば、わるくない。



誰がやっても、変わらない


 誰がやっても変わらない。 政治について、よく聞く言葉だ。 当たり前だ。 公務員、そして税、公金で禄をはむものたちに手をつけられないで、二十一世紀の先進国が成り立つ訳がない。 

 国、という Organization 格 が、問われている。 日本で言えば、霞ヶ関 につきると思う。 それを唯一統御しうるのは、内閣だ。 



教育、メディア、仕事          [民主主義の原理運動]


 アラブの春も、Occupy wall street も、我々の思いも。 「 国民が一丸となれば、国内にかなわぬ敵はいない。 」 という、民主主義の原理運動につながると思う。 民度の向上が求められる。 ならば日本はいち早く、それに向かうべきではないのか。 我々は税、公金の流れを、徹底的に見直すべきだ。 一人ひとりが出来る範囲で、学ぶべきを学び、知るべきを知れば。 人類社会の最先端を、日本は体現できるのではないかと思う。 そのために教育とメディアと、そしてやはり仕事だ。  



崖っぷち?              [懲戒免職]


 就任以来、何かに酔った様な、薄気味の悪さをたたえていた野田総理が。 「 崖っぷちに立っているのは、民主党ではなく日本と国民だ。 」 と発言した。 脅すような言い回しに嫌悪感を催す。 誰かに言わされているのか? 崖っぷちに立っているのは、あなたの内閣だ。 

 戦時中、たしか東条英機あたりが。 陸軍大臣兼務のまま、総理にならなかったか? 野田という総理は、財務大臣のまま、兼務で総理をやっているように思われてならない。 今の財務大臣は、副大臣に過ぎないのではないか。 

 官僚機構の軍部が、財務に入れ替わっただけのようにも、思えてくる。 崖っぷちに立つのは。 税で、公金で禄をはむものたちではないのか。



Natioinal / Audio Program Timer - TE 98          [近藤 武]


 National ブランドで発売された、電光デジタル表示の 電源タイマー機能付きの時計が。 素晴らしい。

 1970 年代当時、デジタル表示の時計は。 パタパタ日めくりカレンダーを落とすがごとくの機械式と。 Canon あたりの得意とした電卓の初期の表示に代表される、電光掲示だった。 時刻のデジタル表示(数字表示)が、新しくてかっこ良かった。 
 機械式は当然、可動部にがたがきて絶えたが。 National Audio Program Timer / TE 98 という電光式の時計は、いまだに数秒の狂いもなく我が家の朝を告げている。 

 当時、FM 放送では。 貴重な来日アーティストのライブなどよく放送していて。 それを聴き逃がすまいと、タイマー機能対応のカセットデッキなど連動させ留守録していた。 こんな電源タイマー機能付きの時計を。 チューナー、プリメインアンプ、などとおのおの並べ。 悦に入っていた時代を、思う。 


追記: 2012.10.3
 夏前から、カチカチと リレー の接点が動くような異音を発し始めた。 気になるので、タイマー オンオフ のレバーをいじり、 manual on ( 常時電源オン ) でその異音が止まることを突き止めた。 Sony のラジカセに繋ぎ、ラジオの放送を目覚まし代わりにする使い方は絶たれてしまったが。 時計機能は、すこぶる健在である。 


参照:
《  世界経済戦争  》
http://okashina-teiougaku.blog.so-net.ne.jp/2010-11-14


三十一年ぶり、貿易収支赤字              [天成人後]


 1970 年代、われわれ日本が。 National の TE98 に見られるような、どれだけの高みに達していたか。 申し上げた。 さて、貿易収支が 1980 年以来 31 年ぶりに去年赤字だという。 ふと、明治維新の際。 まず締結された 日米通商条約 を、思う。 通商、つまり貿易だ。 

 油の禁輸が、太平洋戦争の引き金になったとも聞く。 しかけた先は、同じ国。 経済で大きくなろうとすれば貿易、それを阻むのも貿易。 ここにこだわる国ばかり、というよりは世界認識が。 実のところ、中世の大航海時代と変わらないのではないかと思う。 軍事にしたって、金がいる。 それを力ずくで奪うかどうかで、時代が分かれてる。 力ずくでなければ、貿易と金融らしい。     

 その経済で 70 年代、急速に台頭した日本が。 1980 年に、一度赤字になっているという。 80 年代は、ジャパンアズナンバーワンなどとおだてられ。 アイドル、お笑いに沸き。 「ボクって軽いのぉ」と、軽薄短小がもて。 不動産屋と金貸しが肩で風を切って、あげくバブル崩壊で終わった。 また東側の崩壊と、わが昭和が終わった。 

 その後 31 年黒字維持とは、ある意味。 80 年以降日本は、飼い慣らされた経済をおくっているのではないかと思う。 飼い慣らさざるを得ない程の野性を秘めた日本は凄いと思うし、 飼い慣らそうとする、陳腐な知性を忌む。



 無差別級の経済              [文化の日]


 体重別に分けて戦うのではなく、あらゆる選手を受け入れる 無差別級。 ビルボード ( Billboard ) でいえば、Latin や Jazz のチャートでなく、ただ Billboard Top 100 chart 。 

 経済チャートが世界チャートを乗っ取っている。 軍事もまた経済だ。 戦わずして勝つには経済、ということなのだと思う。 国、または organization 格 が国益やら営利追求で血道をあげるというポスト近代が、想像できない。



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