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プライドではなく、誇り              [苔の生すまで]


 ブランド品をひけらかすようなプライドでなく、本当の 誇り というものを、日本人はいまこそ世界中に示すべきだ。 この虚栄心とほぼイコールなプライドというやつと、たっとぶべき 誇り というのは、人の心の似たようなところをいい気持ちにさせるらしい。 

 自分より明らかに年齢的にも身体条件的にも体力が劣るという人を見かけたら席を譲る。 銭金でなく、おかしな事はおかしいと言える。 いくつになっても知ろうとし、分かろうとし続ける。 これらを実践することが、誇りだ。 それが実践されているかどうかは、あなたしか知らない。 

 誇り の代わりに安易な プライド というやつで、心の 安寧 を得ることなかれ。 日本人すべてがその 誇り にしたがって行動すれば、世界は、人類社会は、変わっていくかもしれない。



ギリシャ危機              [おかしな帝王学]


 ヨーロッパの金融が、大変らしい。 グローバリゼイション( globalization )というのだろうか、世界経済、金融が一つになり連動しているということで、我が日本にとっても対岸の火事ではないようだ。 
 《 ギリシャ時代とアトム 》 http://okashina-teiougaku.blog.so-net.ne.jp/2011-04-12 で述べたように、ギリシャは紀元前のころ、凄まじい超一流の先進国であった。 この国が、ヨーロッパ統一という動きの中で、金融問題を引き起こしている事に、もののあわれ を感じる。

 そしてこれが我々にとっても馴染み深い、「財政赤字」 からの話しであることが、さらに興味深い。 公務員がだぶつき、税収が足りないから大量の借金をしてしまったと聞く。 
 なんだか東アジア独特の問題かと思いきや、税という金の問題を軸にしながら公務員のありかたが問われるのは、人類共通の問題なのだと思わせる。 日本がもし自国のこの問題の解決の道を示せば、世界は本格的に日本に一目置くようになるだろう。



99% が学ぶべきこと          [民主主義の原理運動]


 
 専門家が悪さをするならば、我々はより専門的な知識を得ようとしなければならない。

 民主主義の原理運動は、そのようにして成される。 彼らの言う 99% とは、すなわち我々なのだ。 メディアが問われている。 



 偏差値              [天成人後]



 入学試験の難易指標として知られている、偏差値という言葉。 これはかなり大きな人間の知的部分の、その時点の値を表現する指標として有益だと思う。 記憶力にはじまる、人の言ってみれば、分かりやすい知的能力。 これらは優れている事に越したことはない。 大学に行くか行かないかは別として、国民すべての十八歳時の偏差値を知りたいと思う。 

 しかしこれはあくまで人の知的ある部分を評価したまでのこと。 二次元空間、x軸、y軸の世界を思ってほしい。 x値は高いがy値は低い点、また逆の点。 簡単にはどちらがどれだけ優れているかいえない。 これが三次元ではz軸が加わる。 そして我々の生きている現実世界では、もはやそれをある断面で切ってそこで比べるしかない。 超多次元の世界が、我々の生きるこの世なのだと思う。

 この偏差値の怪物が、日本でいえば官僚機構なのであり。 それは古く中国にはっした、科挙の制度なのかと思う。 しかしその中に、民のために働くという確固とした規範がなければ、牧民を司る組織のただの奴隷に成り下がる。



参照:
官僚機構の奴隷、役人
http://okashina-teiougaku.blog.so-net.ne.jp/2011-04-25-2


福島と Occupy Wall Street              [おかしな帝王学]


 原発が放射能を撒き散らした時は、とんでもないコストがかかる。 原発を進めようという人は、すべからく今の福島の放射線被害に対して、全力であたってから発言してほしい。 放射能を用いた医療の専門家、東大の児玉教授の言葉だ。 まったくその通りと思う。 

 この、ソビエトを倒し あの中共をバブルで躍らせて。 孤高のトップを走り続ける、資本主義というのがいかがなものなのかと思ってしまう。 しばしば資本主義の勝者たちは、経済的合理性から広く考えてみれば不合理と思える振る舞いをする。 例えば原子力村にとっての原発のように、その組織や連合に限ってみれば有益だという例は、いくらでもあるように感じる。 要は、責任をどうやって逃れるかという話しになる。 責任、とりわけ経済的損失をどうやっておさえるか。 

 そこらへんをいかにうまくやるかなんて事が、経済の世界のワールドカップやオリンピックで雌雄を決する要件になってるのなら、そんな世界はろくでもない。 " Occupy Wall Street " 、「我々は、99% 」 と訴える彼らと我々の憤りとは同根だと思う。


参照:
《 掘り尽くす文明 》
http://okashina-teiougaku.blog.so-net.ne.jp/2010-10-15



いくら首を絞められても 死なない亀              [懲戒免職]


 首絞められた亀みたいな知事、あれなんて名前だったっけ? なんて言ったら。 お偉い人に、怒られてしまいそうだが。 九電やらせメールの張本人と郷原氏が指摘する、佐賀県の古川知事はしぶとい。 彼の父親は九電に勤めていたそうで、きっと選挙に際しては九電から大変な協力を得ていたのではなどと思わせる。 

 この知事を擁するご当地、佐賀県の世論というのはいかがなものだろうか? 佐賀のみならず、九州の沽券(こけん)にかかわる問題だと思う。 一度、辞めてもらった方がいいのではないか。


If you like :
11/10/14(金) 午後 7:32 [ お偉い人 ] 》 
http://oeraihito.blog.so-net.ne.jp/2011-10-14



原子力発電のコスト              [天成人後]


 いまだに原子力の発電コストがどうのこうの言っているのは、とても不思議な気がしている。 しかもおかみの原子力委員会が、今回のような事故コストを勘案しても 石炭火力や天然ガス火力ほどのものだという。 いったい、どこに?そんな事を言わせられている。 

 ものを燃やして便宜を得る事は、十万年単位の昔から、人類は手に入れている。 化学エネルギー、と言っていいかと思う。 そして産業革命が、化学エネルギーをいわば物理がサポートする形で、二次的な内燃機関をもたらす。 

 しかし物理は二十世紀、アインシュタインの時代になり、核のエネルギーを発見する。 これをほんの三十八年で破滅的なエネルギーを放出する、原爆という形で具現化させたのは、ナチスヒトラーに代表される、二十世紀の人類のおぞましい野望によるのだと思う。 アメリカは、それを人類初めて手に入れて。 その意味、責任の重さをどれほど理解しているのか? 戦争の意味を無くした、核兵器ではなかったのか。 そしてその平和利用が、原子力だという。 

 まったく次元の違う由来を持つエネルギーを発電コストで比べようというのが、乱暴に思われる。 もちろん、今回の福島原発事故の事後処理コストだけを加えても、とてもペイしない発電方法だったといえると思うが。 我々の、自然を敬い、自然との調和を重んじる感覚では。 そこらへんにほっぽっても構わない、いわば土や水になるまで処理して自然に帰すというのが、これからのあるべき文明の姿であり。 そこを目指すなら。 密閉する、閉じ込める、深く埋める。 あげく、気の遠くなる半減期を待たなければならないような現在の核廃棄物の最終処理は、決して許されるものではない。 



古賀茂明氏と 大腸癌              [才蔵]


 まず拙項、《 古賀茂明 、霞ヶ関 退職http://okashina-teiougaku.blog.so-net.ne.jp/2011-06-26-1 にて 何ヶ月も前に早合点し霞ヶ関退職と記した事、お詫びしておきたい。 退職後は充実した日々を送ってらっしゃるようで、喜ばしい限りだ。 
 TVにて公言、公認されているのだから、触れていい事と思うが。 彼は、大腸がんを患い復帰している。 評論家の鳥越氏と共演の際、お互い大腸がんを患い同じ病院 同じ先生で治療を受けたと認めていた。 死を覚悟する経験で、ある意味。 恐いものが無くなった。 そう話していたように記憶する。 

 自分が生きているという事が、どれだけ不思議な事なのか。 生きているというのは、そもそも おこがましく。 我々はこの世を運営していく為、天によって生かされている。 天の声が、古賀さんの命をつないでいる。 
 民主主義の原理運動、国という Organization 格 における公の問題。 税、公金の扱われ方についての問題は。 この古賀氏をとことん使いこなして、改革して行きたい。 まず、霞ヶ関だ。 


追記:
歳が同じでありまた、友人が最近 同じ病気で、しかも彼と同じ病院にかかって苦闘した経験から。 彼には、勝手に特別な感じを抱いている。

2015.7.15
大腸がんから肝臓、肺、脳と転移を繰り返した我が友人は昨年(2014)12月、苦闘のかいもなく、60代前半で他界した。 どうか彼の分も、 古賀さんには存分に戦って欲しい。 
 

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