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 信者の争いに すべからず              [友人への手紙]



 公金の使い方が正されるまでは、何回でも必要に応じて政権交代するべきです。 我々は、民主信者でもなければ、菅信者でもなく。小沢信者でもなければ、もちろん自民信者でも、学会信者でもない。 民が主であるのだとあくまで主張し貫く、民主主義の原理運動の実践者であるべきなのですから。

                    Jan. 13th , 2011




 いまだ続く 小沢騒ぎの、異常              [友人への手紙]



 官僚機構の新撰組、→地検特捜がやった最大のターゲットが小沢氏でしたね。 それに乗ったメディアがまた凄かった。 小沢氏を使わずしてこの勝負危ういと思います。 この騒ぎが異常に思う国民は、そう少なくはないのだと信じたいです。

                     Feb. 2nd , 2011



 地方自治からの動き              [友人への手紙]



 名古屋市長選での河村氏圧勝は、最近の数少ないグッドニュースですね。 知事の大村氏は ちと心配ですが。 あわせて名古屋市議会の解散請求が成立したのも大きいと思います。

 私見では明治維新は未だ完遂せず、ここに来てようやくその機運が見えて来たと感じています。 近代科学テクノロジーを取り入れ、あくまで東洋のリーダーとして西洋と堂々渡り合う。 その為には公の在り方。 公金の使われ方を整えなければならない。

 中央政府があろう事かあの 与謝野氏 まで引き摺り込んで、増税 まっしぐらなのとは真逆の好対称。 減税をしつこく公約に掲げた河村氏があそこまで勝つのですから、"官" 政権も内心穏やかではないでしょう。

 竹原 阿久根前市長、 橋下 大阪府知事など。 この他にも面白い動きが地方自治から出て来ています。 おっしゃる通り、明治維新を思わせる地方からの立ち上がりで、これが中央政府をひっくり返すまで我々はしっかり見つめ支えていくべきですね。

「公に禄をはむ者達」 のありようを徹底的に正す。


                         Feb. 8th , 2011


参照:
《 明治維新 》
http://okashina-teiougaku.blog.so-net.ne.jp/2010-02-16

《 維新の完遂 》
http://okashina-teiougaku.blog.so-net.ne.jp/2010-02-16-1



 そのどうしようもない議会しかない、国政              [友人への手紙]



 名古屋市の河村市長は、議会と激しく対立していますね。
曰く、議員はみな世襲で家業 (稼業) になってしまい、政党のもとに徒党を組んで団体戦だわこりゃ。……と出るは出るはの議会批判なのですが、ふと振り返れば肝心な国政の方にはその議会しか無い。 議会の多数派から首相を出す訳で、首相もまた議員であります。 

 遅々として進まぬ現状、この閉塞感は、ここら辺にも構造的理由があるのかと思い至ります。 選挙、政党、世襲といったところがもっと問われるべきなのだと思います。 それもこれも「法」とその運用。 法治国家においては立法府、つまりは国会の責任は限りなく重い。 


                      Feb. 8th , 2011




仕分けるのなら、公務員の人事制度          [懲戒免職]


 規制仕分けだという。 事業仕分けに続いての第二弾、まな板の上にのせてスポットで明るく照らす。 いいと思う。 しかし、まどろっこしい。 だいたいどの規制を仕分け対象にするかというのは、誰が決めた? 

 制度仕分けを行ったらどうだ。 公務員の人事評価制度を、何期にも渡って継続して仕分けて行くべきだと思う。 彼らの出世の原則がおかしく、それが国家の屋台を揺らしている。 
 彼らの出世、安寧、安泰の為に。 どれだけの公金が無駄になっているかを、白日の下にさらすがいい。 

 そしてそれは立法府としての国会が、公務員人事の法を矢継ぎ早に可決していく事と連動していなければならない。  


参照:
《 出世 》
http://okashina-teiougaku.blog.so-net.ne.jp/2008-07-18
《 見上げた 官僚 》
http://okashina-teiougaku.blog.so-net.ne.jp/2010-10-21



 主婦の年金問題              [おかしな帝王学]



 そんな大切なことは役所が然るべき通知をしていたのだろうから、厚生年金から国民年金になっても妻の分を払っていなかった、というのは。 非常に、悪質だ。   そんな皮肉も言いたくなるが。 長妻さんが慌てて救済策を打ち出したのをみても、役所の怠慢というのが察せられる。 

 我が日本の誇るべき官僚機構。 そのうちで、我々の老後を司る、社会保険機構。 以前は、社会保険庁と呼ばれていた。 ここはこの問題に際し、どのような能動的対応をしたのか。 報道でちらほら聞かれるには、やはりどうもどうやらかなりずさんなものであったらしいではないか。   そしてそれらが 起こった 時に政権の座に居たのは、紛れも無く 自民党 である。 これがその救済策に対して、鬼の首をとった様に攻め立てる。 何か、おかしくないか。

 政権の座に居るものに求められるのは、まず第一に官僚機構の統御。 官僚を使いこなし、組織としての 官僚機構 を、法とその運用で統御するのが、理想の政権像である。 これに遥かに遠かったから自民は遂に政権の座を追われ、現 菅内閣もどんどん支持を落としてる。 こう言えば、日本人を少し買いかぶり過ぎだろうか。




国すなわち、国民を守る              [苔の生すまで]



 我々は古来、地震におそわれてきた。

 だから、先進国としてふさわしい備えも 出来ているつもりだった。

 千年に一度の事に そこまで気をつかっていられるか、という声をふりきって。

 亡くなられた方、被災された方。 見えない敵と、いまだに現場でたたかっている方に。

 心からの気持ちを、お送りしたい。





東電、という Organization 格



 現場で作業に当たられている方には、またそのご家族の方には、心からの気持ちをお送りしたい。 しかし、この東電という、Organization 格は、どうだろう。 JR西に勝るとも決して劣らない、ある種の嫌悪感を催す。

 廃炉の決断が、冷却に海水を使うことに難色を示した東電という Organization 格 のために遅れた、というのは本当だろうか。 なぜそれをねじ伏せて、即刻、これは廃炉とできなかったのか。 東電は役人の天下りを受け入れていないのかなどと、妙な事も考えてしまう。 海水を入れざるを得ないかどうかが、国民にとっては大事なのであり。 その炉が使い物にならなくなるかどうかなどという事は、ほとんどどうでもいい事だ。 

 組織にとっては、現場からどれだけ遠ざかるかが、すなわち出世なのであり。 また出世すればするほど、ものの差配が可能になる。 極端な例が、戦時中の軍部官僚だ。 もしこんな亡霊がまだ日本に漂うなら、退治しなくてはならない。


参照:
《 人格に対しての organization格 》
http://okashina-teiougaku.blog.so-net.ne.jp/2009-10-03

《 明治憲法の亡霊 》
http://okashina-teiougaku.blog.so-net.ne.jp/2009-08-20

《 組織をうまく使いこなす社会 》
http://okashina-teiougaku.blog.so-net.ne.jp/2010-03-04



停電計画の無いところに住む人々          [才蔵]


 人々のむさぼる生活を支えた東電。 原子力がなければこんなに困るだろうと、ノー・ニュークス(NO NUKES)などが盛り上がる前に布石を打っているようにも感じられる、計画停電。 

 TV でキャスターが 「どうかひとつ、ここは被災者の為に節電を。」 などと言っているのを聞くと、詭弁に聞こえてくる。 浅ましい買占めはやめた方が被災者の為になると思うが、節電は原発のせいだろう。 被災地域の人たちの苦労を思えば、これくらいの事は。 という、うるわしい精神につけ込んでるような、いやらしさまで臭う。

 この計画停電、どうやらそもそも東京23区のほとんどはグループ分け自体に入っていない。 ちょこちょこ変えているようだが、直近では荒川区、足立区、板橋区、練馬区などの一部が入っているだけで、他の大部分は計画エリアのどのグループを見ても入っていない。 TV のキャスターに、あなたの自宅はどのグループですか?と、問うてみたい。

 国の中枢は停電させるわけにはいかないから、と聞いた覚えはあるが。 世田谷や杉並も緊急地震対策本部並みに扱うとは、聞いていない。 停電の心配などそもそもない連中が、いまの日本を動かしている。 



注: ノー・ニュークス ( NO NUKES )
1979年のスリーマイル原発事故を受けて、アメリカで起きた反原発運動で、テーマソングであった John Hall による Power は、太陽光発電について言及したものと記憶している 。 米・西海岸の人たち、James Taylor、Jackson Browne、Carly Simon、The Doobie Brothers、CSN、ら中心に、非常にクオリティーの高いコンサートが行われた。




原子力の専門家              [箱根アフロディーテ]


 昨日になって、原子力専門家の、自然に対する自分らのおごりがあったという趣旨の発言を、初めて聞いた。 航空機事故があれば航空機の専門家、鉄道事故があれば鉄道の専門家。 今回は、原子力の専門家だ。 こんにち社会の基礎をなす電力の、その大きな部分を担う。 そんな役割が彼らに与えられて良かったのか、と思う。 

 原発事故の三原則は、「止める」 「冷やす」 「閉じ込める」 だそうだ。 しかし、原子力とはその燃料が使い物になったとたんに、その後 永久とも思われる長い時間に渡って 「閉じ込め」 続けなければならないものではないか。 なにも事故の際、有事の際に限った話では無い。 燃料廃棄物の処理を先送りにしたまま行われている現在の原子力発電は、言わば ローンで現在の生活をむさぼる、忌むべき人間のありようそのものだ。 キューリー婦人の原点に戻り、画像診断はじめとするツールとして、分をわきまえて活動されるべきではないだろうか。 社会のそんな基礎的な部分を、大きく任せるべきではない。

 当然、我々のむさぼる生活のありようが、問われることになる。



「直ちに」 を とればよい

 
 ここのところ放射線の健康被害をアナウンスする時にまくら言葉としてつけられている 「直ちに」。 曰く、直ちに健康に影響を及ぼす放射線量ではない。 よくそのような言い方がされるのではなくて 必ず 、「直ちに」 がつく。 簡単な事だ。 今すぐ今日から、シンプルに 直ちに をとって 「健康に全く影響が無い」 とすればいい。 加えて、「この放射線被曝が、何十年経っても、例えば癌の発症であるとかのような後々の健康被害を及ぼす程度のものでは無い」 と言い切ればいい。 そうすれば この東日本を覆う陰鬱なる空気は、雲散霧消、あっという間に取り払われるだろう。 そうしないから、言質をとられる事を恐れて、巧妙な言い回しをしているのではないかと、我々から疑われる。 

 官房長官に対してだけ申し上げているのではない。 日本中の全ての既存の原発を作った、自民党そして霞ヶ関に対しても申し上げる。



ハチ公前 交差点

 
 ハチ公前交差点を歩くのが嫌だった。 周りのビルにしつらえられた幾つもの超大型画面ディスプレイから、大音量で四六時中なにやらがなりたてている。 いつも逃げるように電車に急いだ。 

 それが今回の電力不足を受けて、きれいに消えている。 それでも車の流れや人々の雑踏が、都会らしい喧騒をかもし出している。 むしろこれが正常と感じる。 いまだ責任をもって制御しきれない原子力などというものに支えられた これまでの私たちの生活を、今回の地震を契機に よく見つめ直してみるべきだ。


追記:
2011.4.29 現在、大画面は復活している。 音量はやや抑え目かという印象だ。 例によって近辺を鉄道の乗り換えのために数十メートル程歩く立場からの話。 不正確であれば許していただきたい。 もともと至る所で流されるBGMに辟易していたので、無音でやっていただけたらと思ってしまう。 見たい人は見る。 見たくない人は、少しうっとうしいけど我慢するかと。
 



語るに落ちる、原子力専門家

 

原子力の専門家がTVの生放送で、
 「我々もこうやって安全だとは言っているんですが、人間の想定を超える事というのは必ず出てきますね。 そういう時にどこまで安全対策を施すか。 ただ、それを全て安全対策をやっておくと、今度は高い電気代になってしまって皆さん困る。 どこで線を引くかというのは、皆さんと一緒に考えて行かなければならない問題だと思う。」 と発言しているのを聞いた。 「原発の仕組みを知れば知るほど安全対策が重要だなという気がしますが、全国でもこれを機に原発の再点検なども必要になってくるのでしょうか?」 という問いに対しての答えだ。 

 録画でもせずにリアルタイムで観ていれば、聞き流してしまう事かも知れないが。 まさに語るに落ちるといった内容の発言をしている。 我々がその源も考えず 電力をむさぼる生活を相変わらず欲っし、そして 世論が盛り上がらなければ、今回のような危険をはらんだ原発は存続する。 こう我々に対し挑戦状を突きつけている。 想定外、想定をはるかに超えると言ってまた逃げおおせる、と宣言しているに等しい。 

 なぜこのような専門家にしたり顔で長々と発言させている。 「でん子ちゃん」 の CM が、そんなに TV はおいしかったのか?


参照:
《 リアルタイムでテレビを見る、危険性 》
http://okashina-teiougaku.blog.so-net.ne.jp/2011-07-23


知的好奇心                           [文蔵]



 我々の存在理由は、知的好奇心。  これがなければ、存在する意味がない。 




みな、人ごと


 1,000ミリシーベルト以上の水がどうやら6,000トンも外部に溜まっているらしいという、この深刻な事態に際して、前述の原子力専門家はまたもTVの生放送で
「もう、このあたりの話になりますと。 原子力の話ではないですよね。 要するに、私たちは原子力工学という立場からは、なんとか冷やしたい。 これは我々コミットするところなんですが。 水を処理する、大量の水を処理する。 こういう事になると、むしろもっと違う方々がですね、専門の方がどっかにいらっしゃるのんじゃないかな、という気がするんですね。」  と人ごとのように言う。 キャスターの 「玉突き的にこの高濃度放射能汚染水を別なタンクに移し変えて行くという、この考え方に対してどうでしょうか?」 との問いに答えてのものだ。 どうやら好きなことだけを、ぺらぺらしゃべりたいらしい。

 原子力安全・保安院しかり、原子力安全委員会しかり。 当の東電までもが、似たようなスタンスに聞こえる。 いざとなれば誰も責任を取ろうとしない、旧日本軍を率いた軍部官僚を思い出してしまう。 いまも残る役所文化の、たらい回し。  「それはあちらの管轄だがら」 。 自己保身を最優先にする、悪しき日本のお上(おかみ)体質がぷんぷん臭う。



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