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責任者、現わる。 森―安倍会談で結着した新国立競技場見直し。      [天成人後]


 いつのまにか建設費が膨大に膨らみ、オリンピックと言うよりはラグビーW杯に間に合わせようと言う新国立競技場の建設計画が、白紙に戻ったと言う。 これについては、素直に喜びたいと思う。 がしかし、余りにもタイミングが良すぎるとも思う。

 ドメスティックバイオレンスの問題が言われる時、なぜそんんな暴力的な男性と離れられなかったのか?と、しばしば不思議に思う。 そんな、男の風上にも置けないような奴らのやり口は、さんざん酷い仕打ちを繰り返しておいて、たまーにやさしい言葉をかけてラブラブの仕草をしてくると言う。 それに、見事にイチコロとなって、女性たちはそのとんでも男との腐れ縁を続けるらしい。

 人は悲しい事に、相対的な感覚しか持ち合わせておらず。 アイスクリームの後に、いくら氷を入れたコーラを飲んでも、ぬるいと感じ、甘さを感じない。 ナチスのゲッペルスあたりなら、こんな事にはひどく聡いだろう。 その手法を理想としてやまないように見える現安倍政権のスタッフが、こんなことについて考えない訳もないだろう。 

 人は絶対的な感覚を持ち得ないが、出来うる限り踏みとどまり、相対的な感覚に惑わされないようにする努めこそが、常にまともな人として求められている事ではないだろうか。

 森元総理は、招致後に 5000万円問題で失脚した猪瀬元東京都知事なきあと、来る二度目の東京オリンピックをトップとして統括していたように見える。 オリンピックの為なのか、ラグビーW杯の為なのか、はたまたゼネコンとその利権に群がる輩の為なのか、良く分からなくなってきたところに。 責任者がわからないと散々言われてきたこの新国立競技場の問題が、安倍現総理と森元総理の会談であっけなく決着したのは。 この問題の責任者がこの二人であったという、何よりもの証左であると思う。

 物事は振り出しに戻ったように思われる、と言うだけの事で。 そもそもが、これまでがとんでもなかったのだ。 自身を育んだ自民党派閥の長であった森元総理を説得し、白紙撤回の言質をとったと言う事は評価できるが、何故これまで好き放題させていたのか釈然としない。 これもまた、良く計算された牧民のツールか。


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